桜庭先輩に連れられて、電車に乗り、いろいろな場所を巡る。 「あ……、ここよ」桜庭先輩がある喫茶店の前で立ち止まった。 「未海はパティシエを目指していたの。だから、美味しいケーキ屋さんとか、 いろいろチェックしてて」 「おお……! 素晴らしすぎます……!」 瑚子がキラキラと目を輝かせ、感嘆の声を上げる。 「じゃあ、家でもお菓子を作ったりとか?」 「……家では、あまり。 以前は作ってたみたいなんだけど、その、料理の道に進みたいって 話した頃から、あまり出来なくなったみたい」 「もっといい職業に就けとか、そういう感じですか?」 「そうね……。 未海にはお兄さんがいるんだけど、この街に来る前に家を出ているらしいの。 ほとんど、絶縁状態らしいわ」 「多分、お兄さんにもすごくうるさく言ったんでしょうね……」 「そうかもしれないわね……」 「父親は? そういえば聞いたことないですけど……」 ニュースや聞き込みで得た情報では、能見さんのお母さんの情報ばかりが入ってくる。 「単身赴任で、こっちにはいないのだと聞いたわ。でも、大きい会社の重役らしくて。 未海のお家、すごく大きいの。《香西区:かさいく》ってわかるかしら?」 「香西区……高級住宅街ですよね」 香西区……綺堂の家があるのもその辺りだ。 綺堂の家は例外的に大きいけど、あんな場所に家を持つと言うことは、かなり裕福な 家庭なのだろう。 「でも、そんなに裕福だったら自由にさせてあげてもいいのにー。 「瑚子、言い過ぎだ」 さっきから、考えのない軽い発言が多く、俺は瑚子を注意する。 「あう……、ごめんなさい……。つい……」 「いいの。なんだか瑚子ちゃんと話してると落ち着くわ。 なんだかね、私が言えなかったこと、口に出せなかったこと、 瑚子ちゃんは言ってくれるから」 「あう……、ココ、あんまり考えてないです……。うう……。 先輩にもよく怒られるデス……」 「あら、いい先輩ね」 桜庭先輩は口元に手を当て、くすくすと笑う。 「はいっ! ココ、先輩のことすっごく好きなんですよ! 先輩は応えてくれないですけど…… ![]() 「桜庭先輩、こいつ俺のことからかってるだけなんで無視してください」 「あら、そうなの?」 「そんなことないですよ! 先輩ってば全然信じてくれないんだから〜!」 「もう、和久井くん、ちゃんと聞いてあげないとだめよ?」 「真に受けないでくださいってば」 瑚子のせいで、すっかり話が逸れてしまった。俺は話を元に戻す。 「つまり、能見さんはこういう……喫茶店を回るのが趣味だったんですね?」 「あ、ごめんなさい……話が逸れちゃったわね。ええ、そう」 「一人で行くことも?」 「ええ。一人でも……あったかも。だけど、放課後は友達と行くことが多かったと思うわ。 飲食店ってやっぱり一人では入りづらいらしくて、なるべくなら誰かに声を掛けてたと 言うか」 「わかります、ココも一人では行けないです」 「でも、喫茶店で勉強したりも出来るんじゃ?」 「んー、少しなら、待ってる間にちょっと参考書を読むくらいなら怒られないけれど、 ずっと居座るといい顔はされないのよ? 未海も、いつかはお店が持ちたいって言ってたから、そういうのは気にしてたみたい」 「真面目な、いい人ですね……!」 「ええ、そう。未海は……、…………」 そこまで言いかけて、桜庭先輩の言葉が止まる。 口元に手を当て……必死で涙を堪えていた。 「……ん……、ぐすっ……ごめんなさい……。えっと……」 「ごめんなさい、無理して、ないですか……?」 「……大丈夫。大丈夫よ。 ……でも、大丈夫だと思っても……少し…… 感傷に浸ってしまうことも……あるわね……」 |