みちる
「良かったわ、目が覚めたのね。体調はどう?」
「え……?」

俺の目の前に少女が立っていた。真っ白なワンピースのすそと長い髪が風に遊ばれている。
……決して、救助隊には見えなかった。どうしてこんなところに、女の子が……?

みちる 「いらっしゃい。貴方も、来たのね」
「……貴方"……? 俺もって……、何の話なんだ……?」

彼女はそう言って、初めて会ったはずの俺に優しい笑顔を向け続けている。
聞きたいことは山ほどあるはずなのに、何と言ったらいいのかわからない。

みちる 「怖がらなくて、いいのよ。私は、貴方を迎えに来ただけ……」
「迎えにって……そんなこと……言われたって……」

無理だ。自分の境遇すらも、何もわからなくて……
優しく微笑んでくれる彼女のおかげで、孤独はまぎれても……

「君は……、どうしてこんなところにいるんだ? 俺は……、どうしてここにいる?」
「君は、その理由を知っているのか?」
みちる 「……ごめんなさい。貴方の知りたいことに、私は答えられないと思うわ。私も、貴方と同じだから……」
「同じって……」
みちる 「私にも……、記憶がないの……。だから、貴方の知りたいことには答えられそうにないわ」
「……そんな……!」

それじゃあ、状況は今までと何も変わっていない。こんな場所で人数だけが増えたって意味がない。

みちる 「けれど、そんなに悲観しないで。大丈夫よ。
 私は、こう思ってるの。この場所は……楽園″だって」
「……楽園……? 何もないこの場所が?」
みちる 「大丈夫、暮らす場所はあるの。そして、貴方は選ばれたのよ」
「暮らす場所……? それに、選ばれたって……?」
みちる 「そう、貴方にはこの楽園で、暮らす権利があるんだわ。だから、怖がらなくていいの……」
「そんな……、そんなの、信じられるわけないだろ? 楽園なんて……」
みちる 「確かにそう。貴方の言う通りね。それは貴方が自分の目でこの場所を見て、自分で決めることだわ。
 それでも……、この場所に居る限り、生きて行くのに不自由することはないと思うわ」
みちる 「初めまして、私はみちるよ」
「……みちる……」

なんとなく、なつかしい響きだった。
勿論目の前にいる彼女とは面識がないけれど、その言葉がどこか心地よい。

みちる 「いらっしゃい、私たちの楽園へようこそ」

みちるはそう言って、俺に手を差し伸べた。何も知らない、初めて会った俺に対して優しく微笑みながら。

みちる 「貴方が私と共にいる限り、私は貴方を不幸にはしないわ。約束する。
 だから……、良かったら、一緒に行きましょう?
 私と貴方の他にも、仲間がいるの。私たちは一人じゃないわ。
 確かに、何もわからないけれど……、それでも、幸せに生きているの」
「幸せに……」

風がそよぎ、水面がそっと揺れる。

俺たちには何もない。記憶も、生きる理由も、立ち上がる目的も。
それでも心がどこかで、生きたいと叫んでる。
幸せという言葉に、心が反応する。
だから、俺は――
深い森に囲まれた湖……、彼女が「楽園」と称する美しい世界の中で……

彼女の手を、取った―――