重い扉を開けると、そこに知紗がいた。
月明かりの眩しい夜、知紗はベンチに腰掛けて、空を見上げている。

  「知紗……?」

俺が呟くと、空へと向けていた視線を、黙って下に向ける。
違う……、昼間に見る知紗の姿とは、全然。
いつもは束ねている髪を下ろして、真っ黒なワンピースに身を包んで……
その表情に、みんなに慕われてるいつものような明るさはなかった。

知紗 「ああ、櫂。……こんなところで誰かに会うなんて、初めてだわ。
 いや……、誰かはどこかで、見ているのかもしれないわね。
 それでも正直に声をかけてきたのは、櫂が初めて」

知紗の姿は、昼間に見る明るい彼女は、似ても似つかない。
それくらい、イメージと全く違う。

  「本当に、知紗……なのか……?」
知紗 「随分と、変なことを言うのねぇ。
 まぁ、それが……、貴方の知っている私との、違い、か……」
  「ごめん。でも、こんな姿初めて見たから、吃驚して……」
知紗 「それで? 何のつもりなの? こんな時間にこんな場所に来て……
 もしかして規則を破りたかったの? みちるの言うことを、信じられなくなった?」
  「そうじゃないんだ。眠れないから、夜風を浴びたくて……」
知紗 「なぁんだ……、つまんないの……」

知紗の表情に、怒りや憎しみが見え隠れする。
知紗は……、何を思っている? 俺に苛付いているのか?

  「……知紗、怒ってるのか?」
知紗 「怒る? ああ、あたしがいつもみたいに笑ってないことを言ってるの?
 あたしが笑いかけるのは、朝7時から、夜9時の間、だけ。
 ……この時間が、なんのことだかわかるでしょ。幸せに生きるための、規則……
 だから、別に怒ってるわけじゃないわ。どうでもいい……、いや、少し憎いかもしれないわね。
 貴方がまだみちるの言葉に惑わされていて、自分で動こうとしないことに……」
  「知紗……」
知紗 「少しは気付いてるんでしょ? おかしいってことに。
 それでも、何もしようとしない。
 いや……、まだ貴方は来たばかりか……。他の連中と違って、希望はあるのかもね……」

知紗 「戻りなよ。それから……、何を思っても口に出さないこと。いい? 
 貴方はいつだって、誰かに監視されてる。平穏の輪を崩すことは、許されない。
 それでも……、何かを感じたなら、あたしと同じように何かを思うことがあれば、あたしは必ず力になるわ」