何が起きているのか、わからない。目の前に、一度だけ会ったことがある少女がいた。
真っ黒な服を着て……、目元はチュールで隠れていてよくわからない。表情も……
けれど、口元を見れば、わかる。そして、雰囲気。
殺気を、感じた。
それを証明付けるように、手元には……

あれ……、本物のナイフなのか……? 
この場所で、こんなものは初めて見た。足は震えるけれど、いまいち現実味にかけていて……、不思議な感じだった。

沙羅 「お前は……敵、か?」
「敵……? なんのことだ……?」

「ひっ……!」


沙羅の体が俺に近づく。そして、その凶器も……

「や……っ、止めてくれ……!」
沙羅 「大人しくしていれば傷つけはしない。答えろ。何が目的だ。」
「俺が……何をしたって言うんだ? 目的なんか、ない……! 何も、知らない……!」
沙羅 「本当に、それだけか? 何か隠しているんじゃないのか?」
「……そんなことできる……、状態に見えるか……?」

沙羅の威圧に耐えられず、俺は壁に背を付けてガタガタと震えていた。
それを悟られないようにと必死に歯を食いしばっている。

沙羅 「……見えない。そうだな、確かにその通りだ」

「沙羅……、沙羅、だよな……? 一回だけ、会ったことがあるよな……」

確か白羽や深雪は「吸血鬼」と言っていた。真っ黒な服を着た、部屋から出て来ない少女。
一度だけ会ったことがある。あれを会ったとカウントしていいのかどうかはわからないけれど……

「お前が、この屋敷に関係しているのか? この場所の不思議は、わからないことは、全て……
 だから……、部屋から出て来ないのか?」
沙羅 「さぁな。答える必要はない。
 余計なことは考えるな。何もするな。大人しくしていろ。幸せで、いたいのなら。
 これは、忠告で……助言だ」
「求めたら、どうなるっていうんだ?」
沙羅 「さぁな。それはお前の行動によるが……、いや、これは言わない方がいいか……」
「なんなんだよ、それ……」
沙羅 「私はお前を怪しく思ったから、忠告をするために出てきた。
 次に何かあれば、その時は命がないと思った方がいい」

「なっ……!」

それだけ言い残して、挨拶もなく、沙羅は俺の目の前から去っていく。
カツカツというブーツのヒールの音だけが響いて、彼女は部屋へと戻っていった。

「なんだって……、言うんだよ……」

この場所での生活に、慣れてきたつもりでいた。
何もわからなくても、この場所で生きる少年少女たちは前向きで。
明るくて、楽しくて……、だから大丈夫だって思っていたのに。
震えが止まらなかった。今まで凶器を首に向けられたことなんてなかった。
それは確かな、殺意。
空気が凍りついて、微かな振動も吐息も、時計の秒針が動くその瞬間すら、永遠に感じられるほどの密なる時間――